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「気働き」とは私心がないこと

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「気働き」とは体を動かすことに対して心を動かすことで、自分以外の人に対し、相手の身になって、相手の人がどうしてほしいかを自分自身に問いただし、それを行動で示すことです。
 
 “本能寺の変”で織田信長を守って斬り死にした森蘭丸が信長に取り立てられる糸口は、ほんのちょっとした“気働き”という逸話があるそうです。
 
 信長がある時、近習(主君のそばに仕える家来)を呼んだ。すぐさまとんで行きますが、何も言いつけません。「用はない、さがれ」。呼ばれた近習は首をひねって控えの間へもどる。するとまた「だれか来い」と声がかかります。別の人間が行くと、また「さがれ、用はない」。同じ者が二度行きますと「お前では用が足りぬ、さがれ」。
 音をあげた近習たちに押しつけられた形で拝謁した蘭丸も、例外にあらず、「用はない、さがれ」と。蘭丸は、たまたま畳の上に落ちていた糸くずを見つけ、さりげなく拾って袂に入れ、おじぎをして引き下がっていきました。
 信長はなぜこんなことをしたのか、その時は誰にもわかりませんでしたが、それ以後、なにかにつけて信長は蘭丸に用を言いつけるようになります。
 
 気働きということは「ゴマスリ」とは全然違います。ゴマスリはすぐバケの皮がはげます。心のやさしさ・・・それが人であれ物であれ、相手を思いやる心がなくては、気働きは身につきません。ちょっとした気働きが周囲に好感を持たれ、職場の同僚にもイヤ味を感じさせないのは、その態度に私心がないからです。
 気働きの利く人は仕事を大事にしますから周囲から信頼されます。また相手の立場を尊重し、職場のチームワークをよくします。会社の中、外の区別なく、つねに思いやりの心で接することが大切だと思いますが、如何でしょうか。